◆  コラム その二三(謹賀新年)平成22年 庚寅  ◆
 平成22年 庚寅 あけましておめでとうございます。

 本年元旦の東京においては、澄み渡る青空のもと見事な初日の御光が射し出でて、何とも清々しい歳のはじまりであり、めでたい歳をお迎えしたと強く心に感じました。

 このような、おめでたく楽しい元旦を詠みました歌は古くから数多ありますが、その中でも特に出雲大社にとりまして所縁深い歌があります。その歌は「一月一日」です。

 題名だけでは、なかなか思い出せない方もいらっしゃるかもしれませんので、ここに歌詞を掲載致します。

      「一月(いちがつ)一日(いちじつ)」

年のはじめのためしとて終(おわり)なき世のめでたさを

          松竹(まつたけ)たてて門ごとに祝(いお)う今日(きょう)こそたのしけれ

初日のひかりさし出でて四方(よも)に輝く今朝(けさ)の空

          君がみかげに比(たぐ)えつつ仰ぎみるこそ尊(とお)とけれ


 この「一月一日」を詠みましたのは、
 出雲大社 第80代宮司 千家尊福公です。
 千家尊福公は、明治政府の宗教政策により神職による布教が禁じられたことを受け、明治15年5月に出雲大社教を特立し、初代管長を務めました。さらに東京に東日本の拠点として明治16年5月に東京出張所を設立し、後に出雲より御分霊を奉じ鎮祭して出雲大社東京分祠が成立致しました。

 その他にも様々な御事績がありますが、千家尊福公については、このコラムの その5「千家 尊福公」をご覧下さい。

 今年も初日の出を仰ぎ、清々しい心持になり、思いを新たに新玉の年を迎えられたことと存じますが、初日の出に限らずお日様を尊み拝む習慣は、日本人特有の素晴らしい心的感情と言われています。

 我が国の国名は「日本」であり、やまとことばでは「日の本」と称しますし、日本人的感覚においては、「太陽」と言うよりは「お日さま」という言い方が馴染み深いです。このことは、自然崇拝また太陽信仰などを挙げることができますが、私達「日本人」は遠い祖先の頃から素朴な感情として、また本能的な直感により「お日さま」が命の源であると知っていたのです。お日さまの分け隔てない御恵に対して、「おかげさま(お日さまのおかげ)」と感謝と祈りを捧げ、丸く明るく元気に活き活きと暮らし、それぞれの個性を互いに尊重し、活かし合う、そういう「和」の心で生活を営んできました。

 国旗「日の丸」もお日さまを表しています。幕末の頃、それまで限られた国と限定的な交流を行っていましたが、世界各国から開国を迫られ、また国際的な海上条約の枠組みに取り込まれました。自国の船に正式な国旗を掲げていないと他国から攻撃されるおそれがあるため、薩摩藩主・島津斉彬公が桜島にあがる太陽をみて「あの爽やかな輝き出ずる光をもって、鎖国の夢から覚めなくてはならぬ。日本の将来は古代から日本人が命の恩と愛してきた、輝くような太陽でなくてはならぬ」という強い信念のもと、白地に朱の日の丸を染め出し、日本の船旗として幕府に申請したのがはじまりです。

 こうしたことは、実に日常的なため特に気に留めず日々を過ごしていますが、異文化の人々には特異に映るようで、この情景を見たラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は、次のようなエピソードを残しています。
 「ある日の朝、自宅の垣根の外がガヤガヤと騒がしいので気になって、外を覗いて見ると村の人々が川掘りでうがいをし、顔を洗っていた。そして、山から太陽が昇るのを見ると、パチパチ手を打ってお祈りをしていた。」
 この光景をまのあたりにして「世界にこんな素晴らしい国民はいない」と感動し、日本に帰化することを決意して、小泉八雲という名にしました。

 もっと身近なお日さまが源となる所では、母親のことを「おかあさん」また「おかみさん」とも言います。この「か」は太陽が明々と照らしている様を表した言葉です。母親は太陽のような存在という意味が込められています。確かに「家に帰ればおかあさんがいる」と思うだけで、幼児のみに限らず家族は皆安心して、それぞれの勤めに励むことができます。そして帰路も道草せずに真直ぐ家に帰ります。つまり往く道も、帰る道もおかあさんが照らしてくれている訳です。そうしたことから母親のことを「お日身(かみ)さん」と表現し、お日さまの様に自然と敬う気持ちになります。

 ちなみに父親は「おとうさん」と言います。父親としての一番大事な勤めは一家を守る責任者であり、家族を支える大事な大国柱としての働きです。この物質的また精神的な大きな働きに敬意を表して父親のことを「お尊(とう)さん」と呼びます。

 こうして家庭内で呼び合いことによって、父また母としての自覚を深め、自己の勤めに励みます。昨今は、父親・母親ともに様々な呼び方があり、家庭での愛情から生まれた愛称ですから尊いことです。父としての勤め、母としての勤めを怠らないよう自覚を把持しなくてはいけないと思います。

お日さまは、日々の挨拶の中にも息づいています。「こんにちは」という挨拶です。「今日は」と書きますが、この「今日」とは太陽のことを言い、現在でもお日さまのことを「お今日様(おこんにちさま)」と呼ぶ地方は数多くあります。ですから、私達が日常の挨拶する中で「今日は、お元気ですか」と言います時には、言葉の裏には、また気持ちの上では、「お日さまと共に元気にお過ごしですか」という意味になるのです。

 私達「日本人」の魂が働きかける感覚は、無意識の自覚によって国名・国旗を定めるときにも、母親また挨拶に至るまでお日さまから絶間なく御恵を戴いていることを知っているのです。年頭に際しまして、私達の根源的な部分の一つを紹介させて戴きました。歳のはじまりである初日の出を見事な日本晴れのもと、楽しく清々しくお迎えいたしました。本年も大国主大神から「お年玉」を体いっぱいに受けられまして、楽しく清々しい一年になりますことをお祈り致します。