◆  コラム その二六(草の戸も住み替わる代ぞ雛の家)  ◆
 うららかな春は海や山などに限らず町にも人にも若く新しい力が漲っていると感じます。今年も桜は見事に咲き、花見を楽しまれた方も多い事でしょう。古くから日本人にとって桜は特別な樹木であり、桜の開花情報を、テレビをはじめ各種メディアが取り上げるのは世界中でも日本だけだと思います。和歌に於いては平安時代頃から「花」と申せば、それは桜の花の事を言います。このように日本人にとって馴染みが深く、桜の固有種・交配種を合わせると600種を超えおり、国民的に愛されているために、法的に定められてはいませんが、一般的に国花の一つと数えられています。

 余談ではありますが、明治時代以降の学校や軍隊など公的機関に於いても桜花を象った紋章が用いられていました。現在では警察や自衛隊などの機関が紋章として用いています。
 その桜も若葉が萌え出でて、若々しい気力に満ちおり、その力強さに元気づけられます。桜に限らず樹木また草花は、樹齢に制限される事なく毎年季節を迎えると若葉が萌え出でて、花を咲かせて生育し、すくすくと成長を続けています。人にとっても樹木にとっても春という季節は若返り、新鮮な気持ちで泉の如く力が湧き出でて、自らの成長を鼓舞する季節でないかと思います。特に新天地を迎えて過ごされている方々にとっては、とても刺激的な日々を過ごされている事でしょう。自己の思いもよらぬ能力の発見、初めて見聞する思考・思想、また予想もしなかった技術や理論に困惑し、その状態の中でも習得に励み、環境に磨かれている事だと思います。

 この力が張り出し溢れている春の季節に東京分祠に於きましては、4月15日に恒例の春季大祭を斎行致しました。この春季大祭の一面には、農耕で例えますと苗床での作業を終わり、これから育つ籾種が節目正しく生長し、何時かは訪れる激しい風雨に負けないように願い、豊かな実りを祈る大事な祭祀であります。皆様に於かれては、新年度に新たな門出をお発ちになって進み行く始まりにあたって、その進み行く道がたとえ困難であろうとも踏み外す事なく正しく進み、初志貫徹することをお祈りします。

 本年の春季大祭は、当日は生憎の雨空に見舞われて肌寒くなりました。しかし、しとしとと雨音に包まれて、身の引き締まる様な厳かな雰囲気の内に御参列の皆様は意義を正され、斎主・祭員が奏楽と共に参進致しまして、大祭が始まりました。先ずは祓い清め、「オー」という警蹕と共に御扉(みとびら)が開かれました。開扉(かいひ)された御神前には御米・御神酒はじめ種々の神饌(しんせん)を供えます。次に斎主と共に皆様が謝恩詞を奉唱されました。続いて大祭祝詞が奏上されて、幣帛を捧げて祈念し、続く神語を御参列の皆様と御一緒に三唱しました。その後、お一人お一人が玉串を捧げて拝礼し、ますます御神縁を深めました。こうして清めの雨が降りしきる中、足を運んで御参列戴きました多くの方々と共に滞りなく春季大祭を御奉仕出来ました事、誠に御同慶に存じます。

 祭典後は、秋田県大館市で出雲大社・大國主大神を信仰されている十和田講社の信徒による民謡2曲の御奉納がありました。心温まる歌声に御祭神をはじめ一同、安らぎを覚えた事と思います。その後、神殿内で行いました「福授け」は、いよいよ盛大になり、東京分祠が笑顔・笑い声でいっぱいになりました。福授けの景品は限りがありまして、心苦しく思いますが、皆様が知らず知らずの内に幸福の「ダイコク顔」になっており、大神さまの御恵を余す事無く受けられ、皆様が漏れなく福を授かり、御神縁をさらに深く結ばれた事と存じます。

 この春の出発、自ら進むべき道を心新たに決意された事と存じます。春が去れば盛んな夏になり、夏が終われば実りの秋が訪れ、そうして冬籠りして、また芽吹く春を迎えるというのが日本の四季です。この周期または時間的概念をサイクルとも言いますが、生きているものにとっては同じ事の繰り返しという意味では無く、例えるなら螺旋状のように一周して元の場所に還ったように思えても、実は一つ進んでいる状態の事を指します。去年と比べて今年が違うように来春には大きく前進し、初志に抱いた理想へ一歩ずつ近づいている事をお祈り致します。

補記
「さくら」の語源の一つと考えられている説に、神話の中に登場する木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)という姫神の「さくや」から名づけられたという一説があります。古事記の中から木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)の段を現代語に要約しますと。

 天孫・邇邇藝能命(ににぎのみこと)(正しくは天津日高日子番邇邇藝能命(あまつひこひこほのににぎのみこと)と申しますが、ここでは邇邇藝能命(ににぎのみこと)と申します。)が笠沙(かささ)の御前(みさき)に麗しき美人(おとめ)と遇い、「どちらの娘ですか。」と問いかけます。「私は大山津見神の娘、名は神阿多都比売(かみあたつひめ)、亦の名は木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と申します。」と答えました。又問いて「兄弟はいますか。」これに答えて「姉の石長比売(いわながひめ)がいます。」そうしてから邇邇藝能命(ににぎのみこと)は求婚致します。「私は目合(まぐあい)せむと欲するが、如何か。」木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)は即答せず「私は今すぐお答えできません。私の父、大山津見神(おおやまつみのかみ)に相談致します。」このことを聞いた大山津見神(おおやまつみのかみ)は大いに喜び、沢山の宝物を添えて送りだしました。そうして邇邇藝能命(ににぎのみこと)と木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)は婚(みあい)なされました。

 邇邇藝能命(ににぎのみこと)が御声をかけずにはいられないほどの、俗的に言えば一目惚れするほどの麗しき御姫だったのです。そのように秀美な姫神を桜花に例えて「さくら」と名付けられたという語源の説です。この後、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)は壮絶な出産を経て生まれました御子は、火照命(ほでりのみこと)・火須勢理命(ほすせりのみこと)・火遠理命(ほをりのみこと)です。火照命(ほでりのみこと)は海幸彦、火遠理命(ほをりのみこと)は山幸彦であり、竜宮城の昔話に登場する有名な神さまです。こうして歴史は続いていきます。