◆  コラム その二九(出雲の言霊(ことだま))  ◆
 
 今年も夏の甲子園が開会されまして、炎天下の中で高校球児達は白熱した試合を繰り広げており、見ている者に爽やかな興奮と元気を与えてくれます。暦の上では立秋が過ぎましたが、まだまだ暑い日が続いておりまして、秋を感じるにはもうしばらく日数がかかりそうです。
 この暑さの盛りに神語奉書浄書会を催し、多くの方々に御参加頂きまして、出雲への祈りをいよいよ深められました事は、大国主大神さまもさぞかしお慶びの事と拝察いたします。皆様が誠心こめて浄書なされました神語奉書は、8月9日に出雲大社・神楽殿に御神納致しまして、祈り継いで参りました。
 この「幸魂奇魂守給幸給」という神語を初めて聞かれたという方から、毎日お唱えして体感的にその意味を実感されている方まで、さまざまいらっしゃるかと存じますが、簡単に神語の由来をお話し致しまして皆様のご参考にしたいと思います。
 宗教には、それぞれに祈りを統一する言葉があります。仏教では「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華教」、またキリスト教では「アーメン」とも言います。 このように祈りを統一する言葉が、出雲大社では、「幸魂奇魂守給幸給」という神語なのです。
 神話によりますと、出雲大社のご祭神、大国主大神さまは、少彦名命とともに、生きとし生けるものがその場所を得、立ち栄えていくよう一生懸命に国づくりに励まれました。ある時協力者の少彦名命が突然 常世の国に帰ってしまいました。その後、大国主大神さまが、独りよく巡って国づくりをなされました。「いまこの国を治めるのは自分独りだ。私と共に天下を治めるものはいないだろう」と言われたところ、その時に海原を照らして、大神さまに近づいてくるものがあり、「もし私がいなければ、どうして国づくりを成し遂げることができただろうか。私の存在があったから、大きな功績をあげることができたのだ。」と言われました。大神さまは「あなたはどなたですか」と問いかけると「私はあなたの幸魂奇魂だ。」と答えられました。この時に大神さまは、ハッとお気づきになられました。「ああ、今までわたしは自分だけの力で国づくりを成し遂げたとうぬぼれていたが、本当は自分の生命の中にかくれているところの幸魂奇魂のチカラのおかげであった」と悟られました。
 こうして、大国主大神さまは幸魂奇魂を大切におまもりになることで、限りない多くの方が幸せをいただけるような偉大なる「むすひ」の大神になられました。
 大神さまはこのことを出雲国造の祖に伝えられ、この幸魂奇魂の祈りは代々の出雲大社の宮司の家に厳重に守り伝えられてきました。この故事により出雲大社では「幸魂奇魂守給幸給」という神語を信仰の中心にいただいているのです。
 大国主大神さまは、国づくりの大業を成し遂げられたのは、決して自分ひとりのちからによるものではない。陰日向に支えてくれた多くの人のご縁や、眼に見えない幸魂奇魂のちからに助けられてのことであったとお悟りになり、いま、自分がどれほどたくさんの物に恵まれているか、どれほどたくさんのよき仲間に恵まれているかと、謙虚に生かされていることに感謝なされました。
 私たちは、努力して頑張って必死になれば、自分の思うようになるという教育を受けてきました。しかし、現実はそうとも限りません。何か別の要素があるようです。大国主大神さまの神話は、それが感謝だとおしえてくれているのではないでしょうか。
 努力して頑張ってまわりに感謝している人は状況がスムースに流れていきます。努力しても感謝をせず、不平不満ばかりの人はあっちこっちにひっかかり、なんだか必要以上の苦労しているように思われます。
足りていないものを追い求めるのではなく、眼に見えるもの見えないものを含めて、どれほど多くのものに恵まれているか、どれほどたくさんのよき仲間に恵まれているか、たくさんの恵みを与えられていることに感謝をする、そういう感謝の生活に切りかえた人には、神さまが味方をしてくれるようになり、幸魂奇魂の「むすひ」のちからを授かることができるようになるようです。
 出雲大社の大国主大神さまの御神像は、玉すなわち幸魂奇魂を抱かれているお姿です。「すべての人は幸せになるために生まれてきたのだよ。みんなが幸せならば私も嬉しいよ」といつもにこやかな笑顔で私たちをみまもってくださっています。
 私どもは幸せになりなさいよと神様に祈られてこの世に生まれてきました。生かされていることに感謝をこめて、誠心誠意、神語を浄書する、また、誠を込めて神語をお唱えすることで、皆様方は、出雲の大神さまへ全てをおまかせする感謝の生活の一歩をふみだされました。

          誠もて うやまふ神の 幸魂
               さきはふしるし なからましやは

日々神語をお唱えし,時には神語奉書を浄書して、生かされていることに感謝する出雲の大神さまのお姿をみならって、神さまに好かれる、神さまが味方をしてくれる人になって頂きたいとお祈りする次第です。