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| 年が明けて初春とは申しますものの、厳寒の極みのような日々が続いておりますが、梅木をみれば小さいながらもつぼみをつけ始めており、ゆっくりと確実に春の訪れを現しています。 出雲大社東京分祠では、昨年より出雲大社教管長の御内室 千家文子氏の著書『大神さまから戴いた日々』をご参拝の方で希望されればお分かちしていました。大勢の方々のお申し出によって残りわずかとなっており、もしかしたら、この記事が更新される頃には終了しているかもしれません。部数に限りがありますので、ご了承願いたく存じます。そこで、間に合わなかった方の為に何回かに分けて抜粋し、連載致しますので、どうぞご覧下さいませ。 「神さまとは 神話とは」 私たち日本人にとって神さまとは、神話とは、一体どのようなものなのでしょうか。 自分を産んでくれた親(両親)は二人、その親たちの親は四人、またその親たちの親を数えてみれば…、こうして血の繋がりをある時代まで遡(さかのぼ)り家系図を作ることは出来るでしょう。そしてそれらをご祖先さまとして祀り、供養と感謝の心を捧げるというのが日本人の常だと思います。しかし、そのご祖先さまにも親がいてご祖先さまと呼ぶ遠い祖があることは確かです。このように考えてゆくと限りがありません。けれども兎に角現在自分がこの世に存在する以上、その一番始めの親となる何かがあることは疑いのないことです。 日本人の祖先たちは、そのことに純粋で美しく、尊く崇高な、そして強い意志を持った霊力を感じ、それを神さまと称したのではないでしょうか。ですから、私たち日本人は空から降ってきたのでもなく、地底から湧いてきたのでもありません。また、神さまの手によって土から作られたものでもないのです。神さまが産んで下さったもの、神さまと血の繋がりを持って生れてきた民族なのです。 そして祖先たちは、辛い冬があっても必ず春が訪れるという日本の四季の巡りの中から甦りの心を学び、生活の一つ一つ全てに神さまの存在を感じ畏敬の念を持ったのだと思います。そのような日々の生活の中から、自然に逆らわず正しく働き、和やかに過ごすことによる恵みや幸せ、又、逆に邪心を起こし怠けたり、諍(いさか)うことによる戒めも全て神さまから与えられたこととして享受したと思います。 このような日々の思いの中から祖先たちは、日本人としての心(精神)の根源を学び、大切なこととして言葉という言霊に託して、子へ孫へと語り継ぎしたのが現在に伝わっている神話であると理解しています。 平成十年(1998)、ニューデリーで開催された国際児童図書評議会の折に、テレビを通じて基調講演をなさいました皇后陛下は、神話や伝説は正確な史実ではないかもしれませんが、不思議とその民族を象徴し、その民族にとって共通の根っこ≠フようなものがあることを教えてくれるという意味のお話をなさって下さいました。大変感銘を受けながら拝聴した私でしたが、その直後にフランスのデュメルジという神話学者がその著書の中で「神話を否定した民族は亡びる」と言ったということを知りました。私たちは皆それぞれの人生を送っていますが、日本民族として神話という共通の心の故郷を持っていることは、まことに幸せなことで、改めて皇后陛下のお話を日本人として重く心に留めなければならないと思った次第です。 日本は終戦によってこの大切な神話を根無し草のようにされてしまいました。昭和二十七年(1952)、独立国となり晴れて世界の国々の仲間入りをしましたが、その時点おいても日本神話の復活は見られず、現在に至っていることは本当に残念なことです。唯、不幸中の幸いとでも言いましょうか、神社を始め各地方の伝統的な祭や行事の中にその心がいくらかなりと受継ぎ、語り継がれてきていると思います。根無し草同然でも、芯が生きていれば水や栄養を与えて少しずつでも大切に育ててやれば、必ず生き返ることでしょう。一度失いかけたものを元に戻すことは大変な努力と長い年月が必要でしょうが、日本民族のアイデンティティの根源である日本神話の精神・ご祖先さまの言霊を、私たち一人一人が心に植え付け、それを子や孫に伝えてゆくことが今を生きる者の使命ではないでしょうか。 | ||
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