◆  コラム その五十(特立130年に思うこと)

 出雲大社教は明治15年5月に特立を受け今年平成24年、特立130年の佳年を迎えました。
 記念となる年にあたり、その時代背景をみることで、先人達の精神に思いを馳せてみたいと思います。
 130年前というと明治初期ですが、我が国は明治維新により近代化へと歩みだし、欧米列強の侵略に対抗するため、国を開き積極的に西欧の文物を採りいれ、富国強兵政策へと転換しました。 また、廃藩置県、地租改正、殖産興業も進められ、人々の暮らしにも大きな影響があり、都市部では文明開化の風潮が高まりました。 時代の流れとはいえ、明治政府の近代化のための変革はあまりにも性急で、国民生活の実情を無視していた点も多かったため、我が国本来の美徳はないがしろにされ、人心の荒廃が起こり、不安な世相でありました。 宗教界にも変革の波が押し寄せました。

 当初、神道による国民教化を意図して神祇官の再興、大教宣布運動に乗り出した明治政府でありましたが、欧米列強からの圧力や仏教界からの要請もあり、神道国教化は徹底されず、教導職を制定して、神官、僧侶、儒者の合同布教体制によって、民心の安定と道徳の確立を図ろうとしました。 しかし、神官と僧侶の対立や、祭神論争、教導職内部の混乱、神社非宗教論、明治政府の政教分離及び信教の自由という近代宗教政策への方針転換により、教導職は廃止されることとなりました。 そのきっかけとなったのが、明治15年1月に発布された「神官教導職分離令」です。神社は国家の宗教であるから、神官は祭祀のみを行い教導・布教する必要はないという法令で、神官が教導職を兼ね、葬儀を奉仕することを禁止したものです。 この法令により、教導職各々は神社の祭事に専念するか、布教の道に進むかの岐路に立たされました。 このような不安な時代にあって、我々の教団の開祖千家尊福公は自らの信ずる道こそが、世を救い人を助ける道であるとして、人生の一大事である死の問題を解決し、神道的暮らしの中での安心立命を説くために、全国の出雲講を結集、別派特立し全国を巡教して廻りました。

 我々はこの130年、日本の伝統を基として、時代の進化をも受け入れつつ、開祖の心を受け継ぎ、古来からの神々への信仰を祈り継いでまいりました。 翻って昨今の我が国の世相をみますと、130年前と同様に多くの問題点をかかえており、問題を先延ばしにしてきたことで、次第に深刻化しているように思います。 その根底には、自分さえ良ければという利己主義、科学技術万能による唯物主義など、日本の伝統になじまない考え方があるのではないでしょうか。 本来、宗教はあらゆる人間の営みの根底を培うものであります。特に日本における宗教信仰の特長は、素直であり、寛容であって、昔より外来のものも受容しつつ、我が国本来の不易なるものと互いに関連させて人々の生活を潤す形に興隆させてきました。 この特立130年の節目の時にあたり、我が国の不易なる精神を思うことは意義深いものではないでしょうか。