|
|
近頃、巷では「癒し」が大変なブームとなっているようです。 そのブームの影響なのか、神社でも若い方々を良く見かけるようになりました。 日本人の「敬神崇祖」の心に触れるよい機会です。 次の時代を担う若い方々が、神社文化に触れるのは、大変喜ばしい限りです。 しかし、どんなことでもブームになってしまうと、良いところ、悪いところが出てまいります。 その一つが、過大な御利益願望でしょう。 「どこそこ神社へ行って、お参りをすれば、願いがかなう」とか、「大金を払えば、願いが叶う」などなど。 神社へ行って願い事をすれば、かならずしも願いが叶うというわけではありません。 神社へ行くのは、きっかけづくりの一つです。 神棚の真ん中によく、御神鏡(ごしんきょう)が置いてありますが、ご神前に進み、神様にお参りする時、鏡にはお参りする方が映ります。 神道の基本でもある「自分自身を見つめる」とい意味です。
「自分自身を見つめる」というのは、簡単なようでとても難しいことですね。「ダイコク様=大国主大神」は幽世(カクリヨ)の大神様と言われております。 幽世とは、「あの世」のことです。 あの世には、私たちのご先祖様がいらっしゃいます。また、多くの方が、ご先祖様を大切にし、お墓参り行ったり、御霊舎(みたまや)や、お仏壇に供え物をしていることでしょう。 そして、私達もいずれあの世へ参ります。 ご先祖様の仲間入りです。 出雲大社では、ご先祖様をどんどん過去に遡ってゆけば、神さまにたどりつくと考えられております。 『神さま・ご先祖さま・私たち。』 そう考えていくと自分の願いを叶えるのは自分自身なのではないでしょうか。 ご神前でお参りする時は、自分を通して、過去にも未来にも繋がった自分がいるのだという気持ちでお参りして頂きたいと思います。 まずは、近くの神社にお参りをしてみてはいかがでしょう。 そして、ご神前に鏡がおいてありましたら、自分の姿が映る位置に立ってみてください。 しっかりと自分の姿を映すには、鏡の真正面に立たねば映りません。 まっすぐに自分と対面し、自分自身を見つめ直したところで、神様にその時の気持ちをお伝えする。 形やお金ではなく、そんな真摯な姿勢に不思議な力(ご利益)は働くのかもしれません。 | ||
![]() |